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2012年5月23日水曜日

またまた、バード・ストライク!!


みなさま、こんにちは!

昨日千葉では、寒い風が吹き、雨も激しく降って冬に逆戻りしたかのようでした。今日は打って変わって快晴で、熱いくらいに太陽が照っています。みなさまのお住まいの地域ではいかがでしょうか。

さて、今日、またまたケミレスタウンのテーマ棟1階のガラスに、鳥がぶつかって落ちていたのを、スタッフSが見つけました。とても小さなキツツキのような鳥です。別のスタッフが「コゲラという鳥ではないか」というので、ネットで調べたところ、まさしく、その通りのようです。


面白いのが、コゲラの英語の名称が「Japanese Pygmy Woodpecker(ジャパニーズ ピグミー ウッドペッカー)」であることです。ピグミーですよ、ピグミー。面白い名前ですね。このコゲラ、体長が15センチ程度で、スズメほどの大きさで、日本にいるキツツキの仲間では最も小さい、とウィキペディアにはありました。

ケミレスタウンのある千葉大学柏の葉キャンパスには緑が多いので、たくさんの野鳥がきれいな鳴き声を聞かせてくれて、仕事をしていても癒されます。私は高血圧なのですが、じーっと野鳥の声を聞いてから血圧を測ると正常値に戻っていることがあります。たまたま、なのかもしれませんが、自分が鳥の鳴き声を聞いているのが好きなので、脳がうっとりするのかもしれませんね。

皆さんの周りにもきっとかわいい野鳥が飛んでいることでしょう。(戸髙)

2012年5月18日金曜日

ノウサギがいました!

ケミレスタウン、テーマ棟の周辺で、最近、何度かノウサギを見かけました。

まだ子どもらしく、警戒心も薄いようで、今日は写真を撮る事に成功!(少しピンボケですが)

フィールドセンター内もどんどん開発されて、野生動物の住む場所が少なくなっています。

ケミレスタウンの周辺は、現在草がグングンと伸びており、少々見苦しいかと思いますが、ノウサギの住環境とご理解頂ければ幸いです。

2012年4月20日金曜日

ケミレスタウンの白樺 ③


この1週間は春らしいポカポカ陽気あり、暖房が必要なほど肌寒い日あり、
と気温のアップダウンが激しかったのですが、ケミレスタウンの白樺は
しっかりと葉が大きくなり、緑が濃くなってきました。

白樺の周りの木々も一斉に若葉を出し始めました。
夜中にこの木々の中に立っていたら、あちこちから木々が芽吹く音が
聞こえるのでは?と想像してしまいます。

色とりどりの緑と花のケミレスタウンを散策しながら、ぜひお気軽にケミレス・
ギャラリーを見学してください。お待ちしております。

ケミレス・ギャラリー 長谷川

八重桜がきれいです




みなさま、こんにちは!
いよいよ八重桜がきれいに咲きだしました。

柏の葉キャンパスからつくばエクスプレスの柏の葉キャンパス駅までは数種類の八重桜の並木が続いています。薄曇りの天気だとあまりきれいに写真には撮れませんが、それでもピンクのフリルのついたドレスのように見えると思いませんか?

夏鳥も鳴きだして、ついに先日はツバメが飛んでいるのを見ました。三寒四温の日がしばらくは続くと思いますが、それでももう真冬のセーターを着る気にはならないので、少しずつ暖かくなっていくことでしょう。皆さんの周りの春はいかがでしょうか?(戸高)

2012年4月13日金曜日

春の花いっせいに満開です!

みなさま、こんにちは!
今年は春が遅い、などと言っていたら、今度は春が駆け足でやってきて、追い抜いて行きそうな勢いです。

今日、ケミレスタウンではモクレンの一種、シャクナゲ、梨の花まで満開です(画像)。まだ桜が咲いているのに。例年ですと、ゴールデンウィークの頃に満開になると思うのですが。

明日14日は、ケミレスタウンのある千葉大学柏の葉キャンパスの八重桜の花祭り、
「里さくらまつり」があるのですが、肝心の八重桜はまだつぼみなのです。
なかなか人間の思い通りにはいきませんね。
この分で行くと、5月には何にも咲いていないのではないかと心配です。(戸高)









3月1日のブログで写真をアップしたケミレスタウンの白樺ですが、この2~3日の温かさで、やっと薄緑の若葉がちらほらと出てきました。(写真では見にくいかもしれませんが・・)

きっとこれからは、日に日に葉が増え、緑が濃くなってあっという間に新緑に覆われた立派な!白樺になるのでしょう。

ケミレスタウンの中にあるケミレス・ギャラリーは木曜日と金曜日が開館日です。

次の開館日、4月19日(木)に白樺がどのようになっているか?

とても楽しみです。

皆様、春たけなわのケミレスタウンにぜひいらしてください。

2012年3月13日火曜日

3月12日

今日はとても良い天気でした。ガラス戸の内にいる限りは暖かく、薄いセーター一枚で十分なくらいでした。ただ、冷たい風が強く吹いていて外に出る時にはコートが必要でした。ケミレスタウンの梅がとてもきれいに咲いています。ピンクの梅はほぼ満開です。遠く離れていても、梅の花独特の甘酸っぱい香りが漂ってきます。暖かい日にはぜひケミレスタウンにお立ち寄りください。

今日はもう一つニュースがあります。
朝、ケミレスのスタッフSがテーマ棟1階のガラス窓にぶつかって下に落ちていたカワセミを2羽見つけました。1羽はすでに死んでおり、もう1羽はまだ生きていました。それで、Sは生きている方を拾ってきて箱に入れてしばらく様子を見ていたのです(画像)。

この辺りにはカワセミが多いのですが、以前もカワセミがガラスにぶつかって死んでいました。スズメや名前も知らないきれいな瑠璃色の羽を持った鳥がぶつかって死んでいるのを見たこともあります。ガラス張りの建物は人間の目にはとてもきれいですが、鳥にとってはまるで悪い魔法のような、透明な壁でしょうね。

昔小学校低学年の頃、校長先生が、「スズメの学校の校長先生とお話をしたら、みんながあんまりきれいに窓を磨くので、スズメの子どもたちが窓にぶつかって困る、と言っていました。それで私は、卵の殻のヘルメットをかぶるように勧めました」とおっしゃったのを聞いて、まだ純粋で疑うことを知らなかった私はスズメが卵の殻のヘルメットをかぶっているのを想像し、「スズメってすごいんだー」と思いました。ガラスにぶつかる鳥を見るたび、その時の校長先生のお話を思い出します。

Sが拾ったカワセミは、一人でも飛び立ちそうもなかったので、近くの千葉県指定の動物病院に保護してもらいました。無事けがが治ってまた広い空を飛びまわれると良いのですが。

2012年2月24日金曜日

梅が咲きました

今日はずいぶん暖かい日でした。今年は寒い日が多く、普段なら二月の初めに咲いているような梅がなかなか咲きませんでした。ケミレスタウンの敷地には小さな梅林があります。ここに植わっている梅はすべて花を観賞するための梅で、紅梅、白梅、ピンクの梅(これってなんていうのでしょうか。「桃梅」?)があります。今日咲いていたのは紅梅で、ほんの一輪、ピンクの梅が咲いていました。梅の花も品種によって早く咲くもの、遅く咲くもの、いろいろですね。咲いた花の周辺ではいい香りが風に乗ってふわっと流れてきます。今年はケミレスタウンの梅の見ごろは3月初めになりそうです。お散歩がてら、お越しください。

2012年2月18日土曜日

ケミレスタウンに雪が降りました!

ケミレスタウンに雪が積もりました。
真っ青な空の下に真っ白い雪。目がしみるほどきれいでした。












少し前は雪が積もると翌朝いろんな動物の足跡が見られましたが、今年は唯一猫らしい動物の足跡が見られただけでした。
だんだんさびしくなります。ウサギやタヌキやハクビシンなどがいたと思うのですが、いったいどこに行ったのでしょうか。


2012年2月10日金曜日

春のケミレスタウンにお越しください

みなさま、お元気ですか?

毎日寒いですね。ケミレスタウンのある柏市でも先日雪が降り、その雪が日陰では融けずに氷になり、あぶなく滑りそうになります。今年は各地で雪のニュースが聞かれます。豪雪でお困りの地域の皆様にはお見舞い申し上げます。

さて、といいながらも、もう2月。もうすぐ明るい春がやってきます。私が毎日いろんな困難に遭うたびに心の中で叫ぶのは、「開けない夜はない、終わらない冬はない」ということです。どんなに寒い冬も必ず終わり、暖かい春がやってきます。ケミレスタウンの敷地内には、観賞用の梅林があり、たくさんのつぼみがついています。もうまもなく、ふわりふわりと花が開いて、梅の香りが辺りに漂うことでしょう。

みなさま、ぜひ春のケミレスタウンにお越しください。

2011年7月7日木曜日

がんばれ!ゴーヤー日記

ゴーヤーの花が次々に咲いています。

黄色い可憐な花で、咲いてもすぐに散ってしまいます。緑の葉っぱを背景に濃い黄色の花がたくさん咲いているのはとってもきれいです。





実も次々なり始めました。

どれが一番最初に私たちに食べられるのでしょうか??





ところで、ツルはぐんぐん伸びているのですが、まだまだ「グリーンカーテン」というほどにはびっしりしていません。強烈な太陽の光の下ではほとんど陰にはなりません。がんばれ!ゴーヤー!

2011年6月28日火曜日

がんばれ!ゴーヤー!日記


今日は梅雨の晴れ間で、雲は多いですが太陽が強烈に輝いています。

柏では風もほどよく吹いてこれなら冷房もいらないくらいです。

ゴーヤーのツルはどんどん横に広がっています。

実も次々になり、一番最初にできたものは手の先くらいの大きさになりました。

早く食べたいなー。

がんばれ!ゴーヤー!

2011年6月21日火曜日

鳥の巣

今日はゴーヤーの実の他、もう一つ素敵な発見がありました。

実験棟の間の木の上に、鳥の巣を見つけました。

数年前に、同じ木にメジロの巣を見つけたことがあります。

その時は小さなつぼ型の巣で、ところどころ青いビニールひもが混ざっていながらもきれいな球形で、「なんて器用なんでしょう」と感心して見ていました。今回の巣は、一回り大きくて、若干いびつな形をしています。やはり、ビニールひもがところどころ混ざっています。

私が実験棟から出てきた時に物音に驚いて逃げて行った親鳥はヒヨドリかムクドリだったと思います。実験棟の2階から覗くと白っぽい卵らしきものが二つ見えます。

「わー元気な雛が生まれるといいなあ」、と思いました。あまり物音を建てると親鳥が警戒して近寄らなく

なってしまうかもしれません。ドキドキしつつ、そっと見守ろうと思います。

がんばれ!ゴーヤー日記!

今日は朝は雨でしたが午後から梅雨の晴れ間でパーッと青空が広がりました。すると、昨日までとは打って変わって暑くなってきました。これからの真夏のシーズンが思いやられますね。

さて、待ちに待ったゴーヤーの実の赤ちゃんができていました。

私の親指の先ほどの小さな実です。

自分たちで成長を見守っていると、やはりスーパーに並んでいるものを見るのとは全く違う目で見てしまいますね。

不格好でもいい!かわいいぞ!

がんばれ!ゴーヤー!

2011年6月17日金曜日

サンパラソルがきれいです

今日は朝から梅雨らしい灰色の一日です。雨が降ったりやんだり、これからもしばらくはこんな天気でしょうか。

さて、環境健康フィールド科学センターの渡辺先生から苗をいただいたサンパラソルですが、こんなにきれいに咲きました。

私の知っているサンパラソルは鮮やかなピンク色なのですが、今回いただいたサンパラソルは真っ赤な色をしています。うっとうしい梅雨の空に真っ赤なサンパラソル。

これからが楽しみです。

ぜひ一度、見に来てくださいね。

2011年6月16日木曜日

がんばれ!ゴーヤー!日記

ゴーヤーたちはしっかりと根付いた感じです。早速ぐんぐんとツルが伸びています。見ているとまるでツルに意思があるみたいにグーンと手を伸ばしているように見えます。黄色い花もいくつか見られます。ガンバレ!ゴーヤー!









2011年6月13日月曜日

がんばれゴーヤー!

今年の夏は大変な夏になりそうですね。ケミレスタウンがある千葉県は夏の時期の計画停電を避けるため、極力節電に取り組まなければなりません。私たち千葉大学、ケミレスタウンのスタッフも当然できることはなんでもやろうと思っています。

そこで、夏の室内の暑さを和らげるためケミレスギャラリーの南のガラス面にツル性のゴーヤーを植えました。
いつもケミレスのグリーンをきれいにしてくださっているNPO野良坊の平川さんにご指導いただきながら、台風が来てもびくともしなさそうなしっかりとしたグリーンカーテンを作りました。

この支えとなる木材は、ケミレスタウンの敷地内で幼木を支えるための
支柱として使われていた木材が必要なくなったので抜いたものをボルトで締めています。横風にも負けないように筋交い(すじかい)を入れています。平川さんは、農家の知識と経験を私たちに教えてくれます。


ツルを這わせるネットは、なんと海苔の養殖に使われた網を再利用しています。
この網を、平川さんはきれいに上下に張るように指導してくれました。





そして、ウィスキーの樽の廃材を利用した植木鉢に植えたゴーヤーをグリーンカーテンの下に置いて完成です。







ケミレスギャラリー北面は西日が強いので、そこにやはりグリーンカーテンを作りましたが、こちらは小ぢんまりとしています。こちらは、南面と同様にウィスキーの樽を再利用した植木鉢ですが、ネットは市販のプラスチックのネットを使っています。








どちらも平川さんからいただいたゴーヤーの苗を植えております。すでにかわいい黄色い花も咲いているので、数週間後にはおいしいゴーヤーチャンプルーをいただけそうです。がんばれゴーヤー!

2010年2月8日月曜日

ケミレスタウンの雪景色

2月2日、前日の天気予報で関東地方平野部でも雪が積もるとのことでしたが、1日の夕方から雨は雪に変わり、2日の朝は写真のとおり柏の葉は雪景色となりました。この日のケミレスタウンでは、雪の上にいろいろな動物の足跡が残されており、夜の動物会議(?)の様子など、スタッフの想像がふくらんだ一日でした。近いうちに足跡の写真もアップします。

2009年11月19日木曜日

ヨーロッパ毒性学会に参加してきました(2)

今回のドイツ出張は、ヨーロッパ毒性学会参加以外にもうひとつ目的がありました。それは、森千里教授を中心として千葉大学が取り組んでいる「予防医学を基盤とした街づくり(Town of Public Health Project = TOP 構想)の一環として、ベルリンのBerlin School of Public Health (BSPH) との連携を進めるために、BSPHの担当者と会うことでした。

森がインターネットで検索していて偶然見つけたBSPHですが、public health (公衆衛生)を専門とする高レベルの人材を育成する必要性を訴えてきたDr. Urlike Maschewsky-SchneiderとDr. Gabriele Kaczmarczyk が中心となって活動し、2007年に開校したそうです。Maschewsky-Schneider先生はもともと工科大学にいらっしゃったとのことで、医師であるGabrieleさんと公衆衛生の学校を作らなければならない、と考えたのだそうです。

ちなみに、School of Public Health として世界で最も有名なのが、アメリカのハーバード大学のそれです。通常は大学医学部に一研究室として「公衆衛生学」の教室がある(日本の大学でもほとんどがそうです)のですが、ハーバードのSchool of Public Health は、独立した組織で、世界中から研究者が集まります。日本の厚生労働省からも、医系技官をここに派遣して学ばせています。

BSPHは、ベルリン郊外の元電球製造工場の建物を改装して、大学施設や警察署、貸しオフィスなどにしている建物群にありました。外観は1880年代の建築当時のまま残し、内部を改装したとのことで、とても美しい建物です(写真左)。

彼女らとの話の中で興味深かったのは、ドイツの有名な医師、ルドルフ・ウィルヒョウ(写真右)は、ベルリン大学(現フンボルト大学)で教授として研究・教育活動をする一方で、議会になんども足を運び、公衆衛生の充実を訴え続けていた、ということです。両先生方によれば、「政治力のない公衆衛生なら、ないのと同じだ」とのことで、確かに公衆衛生は、社会のシステムや人々の考え方を変えていくことなので、国レベルで政策や法律の変更が必要となってくるケースが多いでしょう。

ちなみに、ウィルヒョウは、森千里教授の曽祖父、森鷗外がドイツ留学時に学んだ先生です。今年(2009年)は、鷗外がドイツ留学をして125年目の節目、ということで、ベルリン滞在中に森が「鷗外が学んだ衛生学と現代のTOP構想」というタイトルで講演をしました。

場所は、旧東ベルリンの「森鷗外記念館」の講義室で、40名程度しか入れない部屋でした。それでも「鷗外なんてドイツの人は興味ないだろうし、本当に人が集まるのか」と不安でした。ところが、当日は多くのドイツの方にもおいでいただき、ほぼすべての椅子が埋まっていました(写真左)。

このベルリンの鷗外記念館は、1960年代にフンボルト大学(旧ベルリン大学)の日本語科の関係者や日本企業関係者、日本の文学界の方たちの尽力によって当時の東ベルリンで開館されたものです。

ここの事務局を長年担当していらっしゃるベアーテさんは、鷗外のことを知り尽くしているのではないかと思われるくらい、本当に詳しく研究していらっしゃいます。彼女いわく「もし漱石がドイツに来て、鷗外がイギリスに行っていたら、この記念館はなかった。鷗外は、ドイツの衛生学を勉強することを目的に来たが、彼が3年間の留学中にしたことは単に医学の勉強だけではなかった。

ドイツ語に苦労しなかったこともあり、わずか3ヶ月で後のノーベル賞受賞者の全集24巻を読みきっている。ドイツ人でもそんなに早く読めないのに、鷗外はさらに赤字でしかも漢文で注釈を入れ、驚いたことに印刷ミスには全部チェックが入っている。東京大学の『鷗外文庫』で鷗外の持ち帰った本を見たとき、そのすごさに鳥肌が立った」ということでした。鷗外は、ライプツィヒ滞在中にゲートの「ファウスト」を翻訳することを日本人留学生の友人と約束し、帰国後ファウストを翻訳しています。

今年4月、ライプツィヒの有名な老舗ビヤホール、「アウアーバッハス・ケラー」に鷗外の壁画が作られたと知り、今回ドレスデンからベルリンに移動する途中、ライプツィヒに立ち寄ってきました。ビヤホールで昼食を取り、鷗外の壁画(写真下)を見て満足し、外に出てきたところ、ドイツ人の年配の男性が近寄ってきて、「あなた方はこのビヤホールに鷗外の壁画があるのをご存知か。私は昔日本語を勉強したが、鷗外がファウストを日本語に翻訳した、というのは信じられないくらいすごいことだ」と力説されるのです。

30年前に、5年間日本語を勉強し、日本語の辞書の作り方について学んだのだそうです。「たった今、食事をして壁画も見てきた。実はここにいる森は、鷗外のひ孫だ」と話すと、目を丸くして一緒に写真を撮ってくれ、と頼まれました。

鷗外・漱石というと明治の文豪といわれますが、かつてはどの教科書にも載っていた鷗外・漱石の文章が、次々に消えていっています。今の若者たちの中で、鷗外を学校で学んだ、という人も少なくなっています。しかし、今回鷗外のドイツでの足跡を追い、鷗外記念館の鷗外関係の資料を読み、鷗外がやろうとしていたことを考えると、本当に鷗外という人は天才だったのだ、ということが改めてわかりました。

鷗外はウィルヒョウや環境医学の父と言われるペッテンコフェル(ミュンヘン大学)から、人の健康に環境が与える影響は非常に大きいこと、単に大学にこもって研究しているだけでは人の健康を守れるものではないことなどを学んだのではないでしょうか。

鷗外がドイツで成した論文で有名なものは「ビールの利尿作用について」と「ベルリン市の下水中の微生物について」ですが、実は「日本家屋の民俗学的考察」という論文も出していて、日本家屋とヨーロッパの家屋の構造や材料の違い、温湿度の違いなどを比較し、日本人の住まいと健康について論じているのです。

日本では、一般的には鷗外というと文学者というイメージが強く、明治の文豪というと「鷗外・漱石」といわれました。しかし、鷗外がヨーロッパから持ち帰ったものは、衛生学の基本、という本来の目的をはるかに超えて、西洋の文学や美術の紹介(鷗外は、「美術解剖」という本も出しています)、オペラの紹介(実際オペラの台本も書いています)、さらには当時のテクノロジーや科学の紹介もしています。

250年もの鎖国期間を経て開国した際、当時の日本人がどのように感じていたのか、非常に興味深いものがあります。特に当時の若者たちが、混沌とした世情の中にも不安をはるかにしのぐ希望、期待、夢を持っていたのではないかと想像すると、自分がその当時生きていたらどんなことを夢見ていただろうか、と考えることがあります。鷗外のようにドイツに留学でき、ちゃんと帰国ししかも立身出生を果たした人はほんの一握りでした。ようやくヨーロッパにたどり着いても、病気になり亡くなった方たち、せっかく日本に帰ってきても思うような仕事ができなかった方たちがたくさんいらっしゃるのです。そう思うと、日本が経済的に成長し、日本円が強くなったおかげで自由に海外旅行や出張ができる現代の日本人は本当に幸せだと思います。

私も1989年から3年半、カナダのケベック州のモントリオールという町にあるコンコーディア大学というところで学びましたが、発展途上国から留学している学生たちは本当に大変だと思いました。日本人は、車や電化製品の優秀さで世界中の人から一目置かれており、これも日本が発展途上にあったころの先輩たちの血のにじむような努力のおかげだ、としみじみ思ったのでした。

以前テレビで、1960年代にニューヨークに東芝の駐在員として滞在していた方のドキュメンタリーをやっていましたが、まだ1ドルが360円していたころで、お昼ご飯は屋台で買うソーセージ入りのパンだけしか食べられなかった、ということで「本当に苦労したよ」と涙ぐんでいらっしゃったのが忘れられません。そのような先輩たちの苦労を現代の私たちも忘れてはならないと思うのです。

2009年11月18日水曜日

ヨーロッパ毒性学会に参加してきました(1)

9月13日から16日までドイツのドレスデンで開かれていた「ヨーロッパ毒性学会」(EUROTOX2009)に参加してきました。

ヨーロッパ毒性学会は、毎年ヨーロッパのどこかの都市で開催されていて、私たちのグループ

もスケジュールが合ってその年に予算があれば出席することにしています。ヨーロッパだけで

はなくもちろん世界の各国から研究者が集まり、さまざまな毒性についての研究報告や、健康影響についての考察、改善方法、教育システムなどについて報告します。

今回私たちも、ケミレスタウンの活動の中から、ケミレス教室(シックスクール対応の教室)の提案、戸建住宅でのシックハウス対策の可能性、人の嗅覚による判定方法の可能性、化学物質に敏感な人をスクリーニングするケミレス必要度テストについて、ポスター発表してきました。

ポスター発表というのは、決められたサイズの一枚のポスターを掲示板に貼り、決められた時間、多くの人の質問に立つ、という発表方法です。

シックハウスはあまり大きなテーマではありませんでしたが、フランスの労働環境衛生に関する国の研究機関の方がたくさんの質問をしてくれました。フランスでは、室内空気中の汚染物質については基準が何も設けられていないのだそうです。日本でもホルムアルデヒドとシロアリ駆除剤のクロルピリフォスのみですが。

その方は、フランスのブドウ農場(もちろんワイン造りのための農場です)での戸外の、農薬による汚染を調べようとして、その対照(コントロール)として、その街の小学校の室内空気を調べたのだそうです。すると、建築後40年以上たつ小学校から、もう使用されていないリンデン(β-HCH)が30ナノグラム/m3程度検出された、とのことでした。濃度としてはそれほど高いわけではないのですが、問題は70年代に使用が禁止されていた農薬が、なぜ今でも出てくるのか、そして、今は濃度が低いけれども建築当初はいったいどれくらいの濃度だったのか、その小学校でずっと教鞭をとっている教師の健康にはどんな影響が出ているのか、といった点です。

まず、発生源の特定がなされました。リンデンが使用されたのは、小学校の屋根の室内側に使用された木材だったことがわかったそうです。建築の際に、この木材にリンデンをしみこませ、害虫が発生するのを抑えようとしたわけです。これがその後40年以上も室内に揮発し続けていたのです。

この研究者によれば、小学校の関係者に対して細かい説明会を何度か催し、住民や学校の先生方の疑問に答え、参加者全員で今後どうするかを考え、結局この小学校は老朽化もあって取り壊し、今はまったく新しい建物が建っている、とのことでした。彼は、「これまではいつも一方的に行政が『これこれこういう問題が発生しましたのでこうします』といって何事も決定していたのに、今回は興味のある関係者がみんな集まって結論を出したのがよかった」と言っていました。

それにしても、この小学校の汚染問題は、まれなケースなのでしょうか。調べたら、同様の事例がもっとたくさんあるのではないでしょうか。今、かつて建材の一部に使用されていたアスベストが大問題になっています。日本の大学でも、古い校舎を改修しようとしたら、壁の材料にアスベストが使用されているのがわかり、工事の期間が長引くことがあります。このような改修工事をする担当の方たちも、大きなリスクを負いながら工事をすることになるのです。

余談ですが、私がかつて新聞記者をしていたころも、アスベストが問題になったことがありました。1990年代のことです。当時環境庁長官をしていた方が理事をしていた学校の古い校舎の天井から、アスベストが見つかった、というようなことが一部メディアに取り上げられました。しかし、当時はまだ「アスベストは直接曝露しなければ問題ない」と多くの専門家は言っていたのです。たとえ天井に使っていても、封じ込められていればまったく問題ない、との意見を聞きました。私も何人かの方に取材しましたが、問題だ、と強く言う方はいらっしゃらず、記事にもしなかった思い出があります。ところが、この問題も、たとえばある医者は「アスベストを扱っていた労働者と肺の中皮腫との間には因果関係が明らかにある。直接曝露していた労働者だけでなく、家族も、周辺住民も被害を受けている。いずれ大問題になる」と地道な診療活動をして、アスベストの対策を訴えていたのですが、その声がメディアに取り上げられることはありませんでした。

中皮腫が非常に診断の難しい病気であることも原因の一つですが、やはり、「アスベストのリスクは非常に小さい」という一般的に浸透した考えがあったのだと思います。ところが、アスベストは時限爆弾のように、短期間曝露しただけでも数十年後に肺がんとなって影響が現れることがわかってきました。アスベストに曝露していた労働者の妻が、夫の作業着を洗濯していたために微量のアスベストを吸引し、それによって中皮腫になるなど、かつては誰も想像していなかったと思います。

このような現状を見ると、汚染物質のリスクの評価が非常に難しいことが改めてわかります。フランスの小学校のケースでも、長年その小学校で勤務している教師たちは、リンデン汚染によってどのような影響が出てくるのかを不安に思っているとのことですが、当然の不安でしょう。

私たちケミレスタウン・プロジェクトの研究者も、微量であっても子供やお腹の中の赤ちゃんが汚染物質にさらされたときにどのような影響が出てくるのか、よく見ていかなければなりません。近年、小児アレルギーが急増していますが、これは日本だけの現象ではありません。今年9月29日には、韓国から12名の医者や行政担当者らのグループが視察にいらっしゃいました。韓国でもアトピー性皮膚炎が非常に増えている、とのことでした。もともとアレルギーの素因があるところに、高気密の家に引っ越したためにそれがきっかけになったのでしょうか。もちろん、室内空気だけが原因ではなく、食物経由の汚染や日用品経由の何らかの原因物質への曝露も発症の引き金になっていることと思われます。現代社会は複雑ですので、いろいろな可能性を考えなければなりません。非常に難しい問題で、単純には結論は出そうにありません。